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O・ヘンリ賞受賞作品を読む




1996年(First Prize)
スティーヴン・キング「黒いスーツの男」


わたしがまだ9歳の時、つまりアメリカが第一次世界大戦に参戦する3年前に体験したこの不思議な出来事を、わたしはノートに書き留めておくことにする。人間、齢90をすぎると子どもの時分のことなど、とうに忘れてしまっていると考えるかもしれないが、その日の特別な記憶は、わたしの頭から離れない。ある夏の日の午後、キャッスル川の岸辺で黒いスーツの男に遭遇したときのことは今でも鮮明に覚えている。
それはある土曜日のことだった。兄のダンが生きていたら(ダンはハチに刺されて死んだ)、兄の担当だった分の雑用も父に言いつけられ、やらなければならない仕事がたくさんあった。しかし父に、それが全部終わったら釣りに行ってもいいと言われていたので、がんばってこなした。いつも一緒に行く父が用事で行けないと聞いてはいたものの、前の週に父から竹の釣り竿をもらったところだったので、この辺りの川で群を抜いてマスがたくさんいるキャッスル川で新しい釣り竿を試してみたかったのだ。だから、わたしはひとりでも行くと父に言った。
「いいか、あまり森の奥深くに入るんじゃないぞ…川が二股に分かれているところまでだ」
「はい、お父さん」
「約束するね?」
「はい、お父さん」
「よし、お母さんにも約束しなさい」
釣りに出かける時は、いつも決まって一緒に付いてきた犬のキャンディ・ビルまでも珍しく行きたがらなかったので、わたしはひとりで出かけた。

…森の中に入ったわたしは移動して、ついにキャッスル川が二股に分かれるところまでやってきた。わたしはそこに着くまでに体長19インチのカワマスを釣っていて、その時点で帰っていたら、この出来事はなかったのだが、わたしは釣果に満足せず奧へと進み、問題の地点にやってきたのだ。ここですぐにまた見事なニジマスを釣ったわたしは、次の魚をと、さらに釣り糸を川面に垂らした。しかし、今度はなかなか魚がかからない。それで青い地平線に広がる雲を見ているうちに、どうやらうつらうつらしてしまったらしい。
そして…。
どれぐらい時間が経ったのかわからない。その時にあの男に出会ったのだ。……

モダンホラーの巨匠、スティーヴン・キングによる作品は、O・ヘンリ賞には1つしか選ばれていない。しかし、その唯一の作品である本作品で見事、1996年の First Prize を受賞。本人は“ぜったいに何かの手違いだ”と思ったらしいが、ホラーからサスペンスやファンタジーに至るまで多才ぶりを発揮する彼なら獲得しても全く不思議ではない。ただ、数多ある彼の作品の中で、なぜこの作品だけなのか、少し腑に落ちないが…。
(池田真紀子訳/新潮文庫『第四解剖室』所収)
                           (2006.8.16/B)

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