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O・ヘンリ賞受賞作品を読む




1999年
ジュンパ・ラヒリ「病気の通訳」


カパーシーは、普段は病院で患者の通訳をしているが、週末にはタクシー運転手として、旅行者を観光スポットに案内している。今日の客はダス一家。見た目はインド人の一家だが、聞くと全員アメリカの生まれ。一年おきぐらいにインドに里帰りをしているという。
子供たちは野生のサルを動物園以外で見たことがなかったので、旅案内をしている最中も道の所々でサルに出くわすと、きゃっきゃとわめきっぱなしだったが、子供たちの両親といえば、交わす会話がどれも上手くかみ合わず、特に夫人は退屈ぎみ。彼ら夫婦の会話を聞いていると、二人の関係は良くないようだとカパーシーは感じた。彼が直感的にそう思ったのは、それが彼自身と妻との関係と似ていたからだ。
しかし、ふとしたことがきっかけで、カパーシーが普段従事している通訳の仕事のことを話すと、ダス夫人がいきなり興味を持ち始め、あれこれ聞いてきた。病院の通訳をしていることについてカパーシーの妻はあまりよく思っていなかったのに対し、ダス夫人が興味を持ってくれたことは、ダス夫人に対して彼に好意以上のものを抱かせた。
普段は早く仕事を済ませたいと思うのだが、今日に限ってはなるべく仕事の時間を延ばしたいと考えるカパーシー。それはみんなダス夫人と少しでも多くの時間を共有したいと思ったからだ。そのため、いつもならもうホテルに送るという時間になっても、“良かったらもう一ヶ所足を延ばしませんか”と言ってしまう。
ガイドブックを片手に乗り気のダス氏に対し、あまり気乗りしないダス夫人。子供たちのリクエストもあって、結局は行くことになったのだが、現地に到着して、ダス氏や子供たちが険しい道を歩き出しても、ダス夫人は車を降りようとしなかった。
カパーシーは“私もあっちに行く”と言って外に出ようとしたのだが、その時、夫人は思いもしなかった打ち明け話を、彼にするのだった。
“国際的に貢献できる人間になりたい”という夢を描きながら、現在のような境遇に甘んじているカパーシーが、アメリカに生まれたインド人女性に抱く恋心ともいえる感情。小さな頃からするべくしてした結婚も、時間が経つにつれて風化してしまったと感じるダス夫人。その他いろいろな要素が絡み合い、短い作品の中にさまざまな問題が提起されている。
(小川高義訳/新潮文庫『停電の夜に』所収)
                           (2004.6.2/B)

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