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O・ヘンリ賞受賞作品を読む




1963年(First Prize)
フラナリー・オコナー「すべて上昇するものは一点に集まる」


ジュリアンの母は肥満のために、週に一度減量教室に通った方がよいと医者に勧められる。彼女は教室が無料ということもあり、健康のために通うことにした。
減量教室が開かれているYMCAは下町にあるのだが、そこまではバスに乗って行かなければいけない。しかし母は人種によってバスの座席が分けられなくなって以来、一人では夜のバスを利用したことがなかった。そのため、彼女は“親の付き添いぐらいしても罰は当たらないだろう”とジュリアンに迫るのだった。
一方、ジュリアンは母のある点に大きな不満を持っていた。それはことあるごとに出身や血筋、人種のことを話題にすることだ。
「…自分の出身がわからないようでは、おまえは母さんの恥ですよ」
「あの人たちはね、奴隷だった時のほうが暮らしは楽だったのよ」
「気の毒なのは、白人と黒人の混血の人よね。ほんと、悲劇だわ」
「育ちはあらそえないものですよ。…」
ジュリアンは母親のこうした考えをどうしても許すことができなかった。母親がそんなに悪い人間ではないと分かっているので、余計に我慢ならないのだ。

YMCAに向かう途中のバスの車内。ジュリアンと母に交じって、黒人も乗っていた。ジュリアンは彼にずっと非難のまなざしを送り続ける母親を横目に、ある行動に出るのだった。…
ほんの50年ほど前に、堂々とこういった差別が差別という意識なくして行われていたというのが甚だ信じがたい。もしかすると、今、私たちもかつての人たちと同じように、何も意識することなく差別をおこない、また助長させるような行動をとっているのかもしれないと考えると少しぞっとするが…。

1955年に起きたバスボイコット事件の当事者で、「公民権運動の母」として知られるローザ・パークスさんが、昨日(現地時間24日)デトロイト市内の自宅で亡くなった。バスボイコット事件はバスの「白人優先座席」に座っていたパークスさんが運転手から立つように言われたが拒否したために警察に逮捕された事件。新聞に載っていたパークスさんの死亡記事を見て、この作品を思い出した。
「パークスさんのご冥福をお祈り申し上げます。」
(横山貞子訳/筑摩書房『フラナリー・オコナー全短篇(下)』所収)
                           (2005.10.26/B)

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