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O・ヘンリ賞受賞作品を読む




1950年(First Prize)
ウォーレス・ステグナー「小鴨」


11月のある日、冷たい風が吹きすさぶなかで一人、九羽の鴨を捕獲し、防水服を着たまま父ジョンが働く玉突き場に向かうヘンリー・レーデラー。そこにはブラックジャック賭博の元締めをしているシュメックビアや理髪師のシュッティ、シュメックビアの用心棒を務めるエドワーズ他、いつもの面々がいた。
その玉突き場は父と母が結婚した頃から経営していたが、それから30年というもの、ジョンには恥ずかしくない職場で働いてもらいたいという一心で、母は彼をこの場所に寄せ付けようとしなかった。しかし、6週間ほど前に母が他界。その後ほどなく、父はこの古ぼけた場所に戻ってきてしまう。
ヘンリーはそのことも含め、生前の母に対する父の接し方に憤りを覚えていたが、それと同時に、こうして父に頼り切ってしまっている現在の自分の生活にも不甲斐なさを感じていた。
ところで、店の常連たちはヘンリーの持ち帰った立派な鴨を見ながら、どのようにそれらを調理するべきかという話題で持ちきりだった。そこでジョンは久しぶりに本格的な昔風の鴨料理を作ろうと提案。長い時間をかけて作られた料理は、みんなにとても評判が良かった。
それは食事中のこと。ジョンは突然母親が使っていた陶器のことについて、ヘンリーに尋ねる。
「おまえはお母さんが使っていた陶器セットのことを覚えているか?」
そして、覚えていないと答える息子に、「青い翼の小鴨が皿にデザインされていて、彼女の大のお気に入りだった」と言うのだった。
父の目が涙で曇っているのに気づき、急に寒気を覚えるヘンリー。そして、ヘンリーは食事の後、これまで言おう、言おうと思っていた言葉をついに口にするのだった。
「わたしは出発します。たぶん今夜に。」
父と息子それぞれの中にある心の襞を淡々と描いた秀作。私も年を取ったということなのか、読んでいて父ジョンの側で物語を追っている自分にふと気付いてしまった。
(海保真夫訳/白水社『現代アメリカ短編選集I』所収)
                           (2004.5.12/B)

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