芥川龍之介「私の文壇に出るまで」から


その人がこれまでどんな本を読み、どんな作品が好きなのかは、それが有名人であれば大変気になるところだが、中でも文豪と呼ばれる人たちの読書歴は興味をそそられる。
芥川龍之介は大正6年8月1日発行の「文章倶楽部」に、「私の文壇に出るまで」というタイトルで短めの文章を書いている。
それには幼少期からの読書傾向を書いているが、タイトル後に小見出しとして付けているように、「初めは歴史家を志望」していたようだ。それが第一高等学校で英文科に入学した頃から大きく方向転換したという。

読書歴としては、
小学時代の『八犬伝』『西遊記』『水滸伝』他、馬琴、三馬、一九、近松などからはじまり、蘆花の『思ひ出の記』『自然と人生』、中学に入ると、漢詩を読むようになり、泉鏡花や夏目漱石、森鴎外の作品をたくさん読んだとある。
当時、流行していたツルゲーネフやイプセン、モーパッサンなどは高校時代に。大学に入ると、中国文学に転じて『珠邨談怪』『新斎諧』『西廂記』『琵琶記』などを読み漁ったという。その他、志賀直哉の『留女』や武者小路実篤の諸作品をよく読み、ロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』にいたっては、大学の講義をさぼって読みふけっていたそうだ。

芥川は“今迄のところでは、甚だ平凡な一介の読書子として来た”と書いているが、少なくとも現在の感覚で言えば相当の読書家であったといえる。
そして自身が文章の最後に書いているが、まさに夏目漱石との出会いが、彼の人生の針路を決めたといえよう。
“たゞ夏目先生の許へ一年ばかり行ってゐるうちに、芸術上の訓練ばかりでなく、人生としての訓練を叩き起されたと云う気がする。”

                      (2006.12.29/菅井ジエラ)

※初出については下記本の後記参照

「私の文壇に出るまで─初めは歴史家を志望─」芥川龍之介全集第2巻(岩波書店)

 

 

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