女性作家を読む




佐藤碧子「結婚前の愛人」


甲野時彦が夫人の卯女子(うめこ)と出会ったのは、横浜山手通りの海の見晴らせる公園だった。
白い服を着た年若い美しい令嬢が、彼の眼には“一幅の名画”のように映ったのだ。
彼はその後、同じ公園で何度か彼女を見かけたが、彼女と知り合いになるのに大変骨を折った。というのも、彼女は彼の姿が見えると静かに席を立つようになってしまったから…。
それがオデオン座に映画を観に行った時、偶然彼女と出会った頃から事態が一変した。その後、彼は友人を介して彼女に求婚。その時は彼女の両親に反対されたが、それから3年ほど経って再び求婚した時には、あっさり彼女の承諾も得られ、めでたく2人は結婚した。
時彦は、卯女子が自分と出会った当初は傷心中で、心を癒すために公園にたびたび来ていたということを友人から聞いていたので、卯女子の言うことなら何でも優しく聞いてあげようと心に決めていた。
結婚をして2、3年のうちは夢のような生活を送っていたが、それが10年近くになった頃から卯女子は時彦につらくあたるようになっていた。そして、「成べく私は貴君(あなた)の側に居たくない」というほど夫婦仲は冷めてしまっていたのだった。……。

冷えきった2人の仲が、あることをきっかけにして再び元に戻っていく。
卯女子が常に心のどこかで感じていた寂寥感。それを解くのは、こうしたほんのちょっとした愛情のかけらなのだろう。

この作品は、「新青年」の昭和13年臨時増刊号で特集された新人推薦傑作6作品の1つとして掲載されている。推薦人は菊池寛。菊池寛は作者についてこう記している。
“佐藤碧子は、私の小説に於けるたった一人の弟子と云ってもよい女性である。その明朗にして慈味のある描写は、その新味に於て、その味いに於て現代有数のものだと思っている。将来大衆文学が現在よりも、高級化する時、佐藤さんは第一線に立つ作家ではないかと思っている。”
(「新青年」昭和13年臨時増刊号所収)
                             (2006.8.31/菅井ジエラ)
※本誌「昭和初期文学を読む」より再掲。

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