P・G・ウッドハウスを読む



「恋の禁煙(The Man Who Gave Up Smoking)」(1929)


ロンドンの社交クラブ「釣天狗倶楽部」では、レモン・スカッシュ氏とエールの大コップ氏が騒動を起こしていた。マリナー氏が2人の仲裁に入ったが、原因はどうやら煙草にあるらしい。レモン・スカッシュ氏が「煙草は衛生に宜しくない」と言ったことに、大コップ氏が「宜しくなくなどない」と反論し、喧嘩になったというのだ。最後はレモン・スカッシュ氏が肩を怒らして出ていったので、大事にはならなかったが、今度はマリナー氏は煙草の話で思い出したと言って話し始めた。

それは肖像画家をしている甥のイグネイシアスについてだった。
当時イグネイシアスにはハーマイアニという美しい恋人がいて、仕事の合間に時間さえあれば、ほんの一ブロック先にある彼女の家に何度も結婚の申し込みをしに行った。だが、いつも結果は同じ。断られて家に帰ってきては趣味のウクレレを1、2曲弾き、パイプに火を付けて、なぜいつも断られるのかを考えるという毎日を送っていた。
イグネイシアスは考えた挙げ句、ハーマイアニの2人の兄、シプリアンとジョージに相談してみることにした。そして2人の話から大変興味深いことが分かった。シプリアン曰く、ハーマイアニはイグネイシアスがジョージに似ているところがあるから嫌だと言っている。また、ジョージ曰く、ハーマイアニはイグネイシアスがシプリアンに似ているところがあるから嫌だと言っているというのだ。だが、この兄弟は容姿も性格もてんでバラバラ。まったく共通したところがないように思える。イグネイシアスは2人の特徴を並べてみた。

[シプリアン]らくだヅラ、頬ひげ、美術評論を書く、「カレは」という口癖、いやな苦笑をする、ベジタリアン、詩の朗読が好き、骨張った手、煙草好き。
[ジョージ]豚ヅラ、ニキビ、大酒飲み、「いよゥ!」という口癖、背中をどやす、大食漢、おかしな話が上手、ねばつく手、煙草好き。

どこにも共通点が見当たらない。いや、1つだけあった!…煙草好きだ。イグネイシアスも煙草をこよなく愛する輩。ハーマイアニは煙草が嫌いだったのか。
彼女との結婚と愛用のパイプ。どちらかを捨てなければいけないのか。そんな大きな代償を払わなければいけないのか。彼はとても悩んだが、ついに決心した。部屋の中にあるパイプ、煙草、葉巻の類をすべてかき集めて、いつも部屋の掃除に来てくれる婆さんに、亭主にやってくれと手渡したのである。
こうして、禁欲生活をはじめたのだが…。

イグネイシアスの禁煙はどうなるのか? ハーマイアニとの結婚は? レモン・スカッシュ氏は、喫煙は衛生上よくないと言っていたが、イグネイシアスを見ていると、禁煙も精神衛生上よくないように思える。
いや、とにかく煙草はよくないので、みなさんほどほどに。

★所収本
・黒豹介訳/解放社『恋の禁煙─マリナー氏は語る─』、同訳/東成社『恋の禁煙』(恋の禁煙)
・上塚貞雄訳/「新青年」昭和4年8月号、延原謙訳/改造社『世界ユーモア全集2 英米篇』、
 乾信一郎訳/「宝石」昭和28年4月号(禁煙綺譚)

                      (2006.5.2/菅井ジエラ)

 

 

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