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ミステリを読む




宇井無愁
「密輸船の客」


終戦直後、神戸の三ノ宮のヤミ市にならんだ焼酎屋で、ヤミ屋の男からある話を聞いた。彼はでたらめな男ではないので、作り話を言って人をかつごうとしているのではないと思うが、こんな内容の話だった(彼が話して聞かせてくれた)。
その事件は、密輸船の中で起こった。
いつもの「航海」で、九州のある港を発つ際、船長が見知らぬ男を連れてきて、私の船室においてくれと言ってきた。航海が航海だけに、見知らぬ人間と同船するのは命取りになりかねないし、まして男ひとり乗せるくらいなら、それだけ余分に物資を載せられる。おまけに、こんなにボロボロの密輸船に乗り込むような好き者はなかなかいない。この男は国外逃亡を図っている犯罪者で、余程船長に金をつかませたのだなと私は直感した。
彼の風貌は真っ青な顔色で、陰気な目つきをしていたのだが、なかでもみんなを驚かせたのがこの男の耳だ。普通の人間の3倍はあると思うような大きな耳をしている。こんなに大きな耳は生まれて初めて見たぐらいだ。
…それで結局、船長の命令だったので、この男を私の船室においてやることにした。そこまでは良かったが、船室内で、この男にとって文字通り命取りの珍事が起こってしまったのだった。……。
著者の宇井無愁は、戦前〜戦後にかけて一世を風靡したユーモア作家で、直木賞の候補にも選ばれるほどの実力派。この作品もユーモア小説に類するものだが、1%ほどミステリ色があるように感じたので、こちらのカテゴリーに入れてみた。ただ、謎も犯人も何もないのであしからず。
(東方社『見合列車』所収)

                           (2006.8.30/菅井ジエラ)

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