P・G・ウッドハウスを読む



「ある写真屋のロマンス」
(The Romance of a Bulb-Squeezer)
(1927)


いつもの酒場でマリナー氏が今回語り始めたのは、いとこのクラレンスのことだった。
クラレンスの職業はカメラマン。若いカメラマンはいつかきっと流行写真家になってやるぞという野心をみな持っているものだが、彼の場合は、その野心は思ったよりも早く現実のものとなった。
それはジョン・ホレーシォ・ビッグス市長との間に行われた訴訟がきっかけだ。写真を撮ってもらいにクラレンスのもとを訪れた市長が、クラレンスに乱暴に店を追い出されたため、彼を訴えたのだ。しかし、王室顧問弁護士を務める被告側弁護人ジョセフ・ボッジャーの見事な(?)弁論によって、軍配はクラレンスにあがる。
「…その顔は写真を撮ってもらう資格が少しもないのだと警告したにもかかわらず、椅子に坐りこんで舌の先で唇をなめなめ頑ばられても、その客に暴力を…ふるう権利はないのでしょうか?諸君、私はそういう権利はあると断言いたします!」
この裁判で一躍時の人となったクラレンスは“はれやかな美しい人間の写真しか撮らない”売れっ子カメラマンとなったのだが、その頃から“下劣な利益のために”シャッターを切るのが嫌になってくるのだった。
そんなある日、いつものようにタクシーで仕事先に向かっている途中、交通渋滞の中で車の窓越しにある女性と目があった。“天井を向いた獅子っ鼻、そのそばかす、平べったい頬骨、顎の四角い張りよう。えくぼ一つ見えない仏頂面”。彼にとって、まさに理想の女性だった。しかし、彼にはその理想の女性と再び巡りあう術はなかった。
それが、ある晩、覆面をした男性が彼のもとを訪ねてきたのがきっかけで…。
ウッドハウスお得意の強引でいて緻密なストーリー展開が、読み手に失笑、苦笑をもたらす。話の結末は見えているが、それでも十二分に楽しめるのは彼の非凡な才能ゆえだ。

★所収本
・井上一夫訳/筑摩書房『〈世界ユーモア文庫9〉マリナー氏ご紹介/トッパー氏の冒険』、同訳/同『マリナー氏ご紹介/マルタン君物語』、同訳/同『マリナー氏ご紹介』(ある写真屋のロマンス)
・黒豹介訳/東成社『恋の禁煙』、同訳/解放社『恋の禁煙─マリナー氏は語る─』(花形写真師)
・上塚貞雄訳/「新青年」昭和3年5月号(写真屋の恋)

                      (2005.8.25/菅井ジエラ)

 

 

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