トリスタン・ベルナール(Tristan Bernard / 1866〜1947)
本名ポール・ベルナール(Paul Bernard)。
劇作家、小説家。スイスとの国境に接したブザンソンに生まれる(ユゴーと同郷。ユゴーの方が64歳年上だが)。若い頃に法律を学んだ後、アルミニウム工場の工場長を二年間務めるなど様々な職を転々。パリで弁護士として生活を送っていたこともある。その後、文学に転じ1891年、雑誌「ルヴュ・ブランシュ」でデビュー。ジャーナリストとなり、1895年、「自転車乗りのジャーナル」の編集長となった。同年、『ニッケル・メッキの脚』という一幕物の喜劇を発表。以後、50年にわたる劇作家、小説家としての生活に入った。
天成のユーモリストで、ペンネームの“トリスタン”は、競馬で馬券を買った馬の名前。作風は軽妙でシックだが、深い思想を背景にしているわけではない。
主要作品
<劇>『自由の重荷』(1897)、『真の勇気』(1899)、『話すままの英語』(1899)、『デージー』(1902)、『メドックの丘』(1903)、『囚人』(1904)、『コドマ氏』(1907)、『小カフェ』(1911)、『四月七日の事件』(1911)、『いとしの君よ』(1922)、『世界は狭い』(1930)など。
<小説>『パリその他の話』(1897)、『内証話』(1898)、『専門医』(1899)、『謹直な青年の回想』(長編 / 1899)、『平和な夫』(1901)、『恋人たちと泥棒たち』(1905)、『市民、動物、見世物』(1905)、『運転手の夜なべ』(1909)、『街道で』(1911)、『マッサクル遊び』(1922)、『高原の牧神』(1923)など
※『笑いの錬金術』(白水Uブックス)、『ふらんす笑談』(青銅社)、『山賊株式会社社長 / 二ペンスの切手』(筑摩書房)の解説を引用。
作品紹介
「自由の重荷」(1897年)
「彼らの言っていることは(Qu'Est-Ce Qu'Ils Peuvent Bien Nous Dire ?)」(1897年)
『パリその他の話』(1897年)
「食欲は食うにつれて出てくる(食べるほどに食がすすむ)(L'Appetit Vient en Mangeant)」
「蒐集家」
「幽霊」
「ピエール・アラバンの復活」
「待ち人来たらず」
「有為転変」
「懐を傷めずに」(1898年)
『内証話』(1898年)
「若い薬剤師の妻の手紙」
「母の心」
「統計学者のフィアンセ」
「楽しませながら教える」
『専門医(Le Medecins Specialistes)』(1899年)
「専門医(Le Medecins Specialistes)」
『恋人たちと泥棒たち(Amants et Voleurs)』(1905年)
「旅の道連れ」
「二ペンスの切手」
「シラノの猿真似」
「客」
「アリバイ」
「暇な男」
「ウイリアム」
「ピストンの死」
「最後の面会(最後の訪問)(La Derniere Visite)」
「手荷物の検査(貨物検査)」
「恋文」
『市民、動物、見世物(Citoyens, Animaux, Phenomenes)』(1905年)
「シャム兄弟の話」
「悲劇の熱狂」
「ガリュシュの復讐」
「伝書鳩」
「幸福な狩猟家」
『街道で』(1911年)
「浮浪者」
『マサックル遊び(Le Jeu de Massacre)』(1922年)
「奥さま」
「ヴァニラ・アイスクリーム」
「いや、ネリーではない!」
「よい父」
「レオナール」
「すばらしい幸運」
「ガルイエ」
(以下、未整理分)
「ライオン(Le Lion)」
「歎きのハムレット」
「死体トランク」
「検閲」
『偽せ通弁』
※翻訳タイトルが2種類以上ある場合はカッコで続けて併記しました。
※本企画の制作にあたっては、以下のHPサイトおよび書籍巻末の解説を参照させていただいております(順不同)。
☆Tristan Bernard - Wikipe´dia, l'encyclope´die libre et gratuite
(http://fr.wikipedia.org/wiki/Tristan_Bernard)