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小沼丹「焼餅やきの幽霊」


世の中で、カキ・カツオ夫妻ほど夫婦仲が円満なところはない。
例えば、あなたがカキ・カツオの家に招かれ、みんなで大いに盛り上がっていたとしても、一度夫人が「あなた」と呼ぶと、彼は一切の団欒を止めて「何だね?」と答える。そして、さらに厄介なことに、夫妻は周りのみんなが自分たちの夫婦円満ぶりを羨ましがっていると頭から信じ込んでいるのだ。そんなわけで、周りは誰もが彼らの円満ぶりに辟易していた。
そこで、AとBの2人が、一度カキ・カツオをとっちめてやろうと、あるプランを計画した。夜の街にカキ・カツオを連れ回してやろうというのだ。2人の考えではカキ・カツオはいろいろと理由をつけて申し出を断るだろうと思っていたが、実際はその反対で、彼は快諾し、おまけに立ち寄る店、立ち寄る店で女性に言い寄っている。二軒目では背の高い女性と芝居を観に行く約束をし、三軒目では“豊満な胸の所有者”と映画を観に行く約束をした。そして四軒目ではほっそりした美人に、“送ってやるから”と言って、A・Bの2人を残して車で消えてしまったのだ。
怒ったA・B2人は、一切合切をカキ・カツオ夫人にぶちまけてしまおうとカキ・カツオの家に乗り込んだが、当のカキ・カツオも抜け目がない。A・B2人の行動を事前に察知して予防線を張っていたため、夫人はA・Bの話を冗談だとしか受け取らなかった。
ところが…。
それからしばらく経ち、夫人が心臓の病で還らぬ人になってしまう。
お互いにどちらかが死ねば、残された方もすぐに後を追うと約束しあっていた2人。周りはカキ・カツオが自殺してしまうのではないかと心配した。しかし、その気配は全くない。それどころか、話に聞くと最近食欲旺盛で少し肥ったという。おまけにいつかの女性3人と順番にランデヴーを愉しんでいるらしい。
みんなが、これでは死んだ夫人も浮かばれないとこぼしたが、どうやら、そうとばかりは言えないらしかった。……。
落ち着いて考えると、ぞっとする話だが、こんな女性を妻にもつのも悪くない(かな?)
(未知谷・『小沼丹全集 第1巻』所収)
                      (2006.8.25/B)

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