ピエール・カミを読む






「アデュウ・アメリカ!─米利堅猟奇漫遊」


僕が彼女(マルガリタとでも呼ぶことにする)と初めて眼を合わした時、その眼差しは稲妻の閃光のようだった。年の頃なら25か26、未亡人で億万長者だった彼女のサロンにはいつもニューヨーク社交界の紳士淑女が集まっていた。彼女はギリシャ彫刻のような古典的な美しさを備えていた。もっと例えるならヴィーナス像と瓜二つ、いや超自然的な肌の白さや清澄無比な容貌はヴィーナス以上だった。
僕たちは映写設備が整った彼女の部屋で連日甘い睦言を交わしていた。ある日はヴェニスでロマンチックな物語の主人公になり、またある日は奈良の公園を歩き、可愛い鹿たちに囲まれながらキスをする。そしてまた別の日にはエジプトのナイルの岸でラブシーン。さらにベッド式航空船で北斗七星めぐりもした。
マルガリタが暖炉の焔を受けながら眠る姿を見ていると、それはまるで神のようだ。彼女の夢の中に僕は王子として現れるのだろうか。当時は幸せの絶頂だった。
しかし、別れは不意に訪れる。眠れる彼女の前で、僕がうっとりと立ちつくしていると、すぐ眼の前で何かが破れる音がしたのだ。そして忽ち……。
普通のよくあるラブストーリーだと思いきや、そこはカミ。ちょっとズレている。今では到底出版できそうにない内容だが、当時の世相を反映していると言えなくもない。
蛇足だが、原著にちゃんと日本の奈良や日本の某芸術職人が出てくるのだろうか?「超訳」でないのであれば、ちょっぴり嬉しい。
(安東左門訳/「新青年」昭和3年夏期増刊号所収)
                (2006.8.21/菅井ジエラ)

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