P・G・ウッドハウスを読む



「ベストセラー(Best Seller)」(1930)


マリナー氏の甥のエグバート・マリナーが、静養先で運命の女性エバンジェリン・ペンベリーに愛を告白する時、
彼がまず聞いたのは、こんな質問だった。
「今までに小説をお書きになったことありますか」
エバンジェリンは、少々場違いなこの質問に幾分驚いたようだったが、これには深い事情があった。
エグバートの仕事は『週間図書愛好家』編集部付き、編集長補佐。この6カ月間、毎週女流作家にインタビューをおこなった結果、彼は知らず識らずに“デスクで口に細かい泡をふき、抑揚のない単調な声で繰り返し繰り返し”つぶやくようになっていた。それを見た社主が心配になり、彼を医者に行かせて診てもらった結果、しばらく静養しなさいということになったのだ。
彼は女流作家がたまらなく苦手だった。
だから、エバンジェリンから小説も短編も詩も書いたことがないという返事を聞くと、もはや何もエグバートを躊躇させるものはなかった。

バリッシュ・ベイでの静養も3週間が経ち、エバンジェリンという恋人を得て、心身ともに健康になったエグバートは、そろそろ例の恐ろしい仕事に復帰ということになった。
だがその矢先、再びどん底に落とされるようなことが起こったのだった。それもエバンジェリンの口から…。
「エグバート、あたし小説書いたノ」
その処女作が大ヒットし、一躍彼女はベストセラー作家となるのだが、反対にふたりの仲は急速に悪くなり、とうとう別れることに。
彼は悲しみにくれながら毎日を過ごすのだが…。

これでエグバートの女流作家コンプレックスがなくなるかというと答は「?」だが、それにしてもエバンジェリンの描く小説の内容は、私がエグバートの立場なら絶対やめてもらいたい。
また、女流作家というキャラクターは、他のマリナー氏ものやジーヴスものなどにもいくつか出てくるが、女流作家の描かれ方はどれも似通っている。ウッドハウスが考える女流作家像というのは、多かれ少なかれこのようなイメージだったのだろうか。

★所収本
・森岡栄訳/南雲堂『笑うサム・ブランコに乗る中年男・マリナーの夜〈双書・20世紀の珠玉17〉』所収(ベストセラー)
・長谷川修二訳/東成社『玉子を生む男』所収(女流作家)

                      (2007.3.22/菅井ジエラ)

 

 

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