イギリス・アイルランド文学を読む



E・M・フォースター「天国行きの馬車」



サービトン街、バッキンガム公園通り28番地に住む少年の邸の前には、奇妙な標識が立っている。それは古ぼけた道路標識なのだが、周りの住民は口を揃えて「あれは冗談だ」と言う。なぜなら、その標識は誰も通らない路地を示しており、行き先は“天国”と書かれていたからだ。
少年は、今日家に遊びに来る親切で真面目で博学なボンスさんなら、お父さんやお母さんのように自分を笑いものにせず、標識のことについて話してくれるだろうと思い、彼が家に来たら聞いてみることにした。少年はボンスさんがこの世の中で一番賢い人間だと思っていたからだ。
しかし、そのボンスさんも標識は悪戯だよと言うばかりだった。納得にいかない少年は、夕方に勇気をふりしぼって例の標識のところまで行くと、標示にしたがって小径のなかに入っていった。その小径は20ヤードほど進むとすぐ行き止まりになっていた。そして何気なく塀に貼っている紙切れを見ると、そこには以下のような内容が書かれていたのだ。

「お客様減少のため、乗合馬車の発車時間日の出及び日暮れ時のみとする。
破格大奉仕として、今回はじめて“往復切符”の発売も開始する。
“終点では切符は発売していないので注意すること”」

少年は家に帰り、このことを父親に話したが、父親は彼をからかうばかり。少年は「知らないままにして確かめないと、笑いものにされる」と、次の日の日の出前に例の場所に行ってみた。すると、馬車はそこに来ていたのだ。
純粋な心をもつ少年と、高い教養を持つと自認するボンスら大人たちの行く末はどうなるのか。先人であるダンテ、キーツ、ディケンズ、トム・ジョーンズなどが登場し、ファンタジー色も強いが、ヒューマニスト作家フォースターの風刺が効いた名短編といえよう。
(藤村公輝・日夏隆訳/レモン新書『E・M・フォースター短編選集(I)』所収)
                      (2004.9.20/菅井ジエラ)

 

 

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