幻想・怪奇小説を読む



『ミイラの花嫁』H・H・エーヴェルス


下宿探しほど厄介な仕事はない。その日、私は朝の10時から歩きずくめで、物件を見ては同じ質問と同じ答えの繰り返し。もう午後の3時になっていた。私はくたくたになりながら、もう一軒見ることに。4階にある今度の物件はとても広々としていて、家具も大体のものは揃っていた。
「それでいくらですか?」
「月70マルクです」
たちまち気に入った私は、今日にでも引っ越してきたいと家のおかみに伝えたが、少しひっかかることがあった。
この部屋にはもう一つドアがあった。聞くとそれは違う部屋につながっており、その部屋は今は空き部屋になっているのだが、いずれ人に貸したいというのだ。つまり、そこを借りる下宿人は外に出る際には私の部屋を通らなければいけないということだった。
「それでは私は結構です! 私の部屋を赤の他人に勝手に出入りさせるんだって……とんでもないことですよ!」
ここの間代が“感動的なほど安かった”のはこうした理由があったのだ。
…おかみとそんな会話を続けている時、男がひとり部屋を見に来た。その男は私と同じような会話をおかみとして、例のドアの問題を気にしているようだったが、しばらくして私を認めると声をかけてきた。
「あなたもこの部屋を借りようとなさったのですか?」
部屋を探し回るのにうんざりしていると話す彼は、私に一度ルームシェアをしてみないかと提案してきた。
初めのうち、私は嫌だとつっぱねていたが、またこうやって下宿探しのために何度も階段を上り下りしなければならないのかと考えると憂鬱になり、彼とやってみようと決めた。
フリッツ・ベッカースと名乗る彼との生活は、特に何の支障もなかった。二週間たっても、彼の姿を全然みかけないほどだった。彼の生活は秘密に包まれていて、彼を訪ねてくる人もほとんどおらず、運送屋がいろんな大きさの木箱を頻繁に運んでくるぐらいだった。
私はそんな下宿生活をおくっていたが、事件は私の愛人のエニイが部屋に遊びに来ていたある日の午後に起こった。配達人が玄関のベルを鳴らしたが、その日はおかみが留守だったため、エニイが代わりに荷物を受け取った。それは四角い木箱だったが、どうしたわけか、その時はベッカースのことは頭になく、何が入っているのか興味津々で蓋を開けようとした。そして…。
何ともおどろおどろしいミイラ奇譚。ストーリー展開に幾分無理があるが、それを差し引いてもエンターテインメント性は十分にある。
(創土社『エーヴェルス短篇集 蜘蛛・ミイラの花嫁他』所収)
                           (2005.6.23/菅井ジエラ)


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