P・G・ウッドハウスを読む



「ジーヴズの初仕事(Jeeves takes charge)」
(1915)


バーティはシュロップシャーのイーズビーにあるウィロビー叔父の屋敷へは明後日に行くことになっていたが、それにも関わらず、彼のもとに以下のように記された電報が届いた。
“スグカエレ、キンキュウジタイ、イチバンハヤイキシャニノレ”
送り主は婚約者のフローレンス・クレイ。二人はつい2、3日前に婚約したばかり。彼女は今叔父の家に泊まっている。
バーティは何が起こったのか見当もつかなかったが、ジーヴズに荷造りを急がせ、その日の午後に屋敷に向かった。
さて、屋敷に着くと執事のオークショットが応対してくれた。彼が言うには、フローレンスは自分の部屋で小間使いが荷造りをするのを監督している最中で、今夜からダンス・パーティに出かけ、2、3日の間留守をするという。バーティは仕方なく喫煙室で待っていると彼女が登場。いきなり、話を切りだした。
「…叔父さまは回想録を書いたのよ。『永き人生の回顧』と名づけてるの」
バーティはその言葉で少し察しがついた。というのも、叔父は若い頃はちょっとしたワルだったので、昔を振り返るとなると、オックスフォード以来の知り合いであるフローレンスの父親をはじめ、実名がオンパレードのとんでもなくスキャンダルな事件満載の回想録になるのが目に見えていたからだ。
「…ロード・エムズワースについてもひどいことが書いてあるの」
「ロード・エムズワースだって? ぼくらが知っている? まさかあのブランディングズの?」
フローレンスが真剣に心配していたのは、ウィロビー叔父が回想録を書いているということだけでなく、その本がリッグズ・アンド・バリンジャーという出版社から発売される手筈になっているということだったのだ。
「…父はほとんど全部の章に登場するのよ! 空恐ろしくなるわ…」
「どうしたらいい?」と聞くバーティ。その問いに彼女はこう答えた。
「原稿がリッグズ・アンド・バリンジャーに届くまえに横取りして処分するの」
「きみ、どのようにやるつもり?」
「わたしが? 小包は明日の朝に出すって言ったの聞いてなかったの? わたしは今晩マーガトロイド邸のダンスに出かけて月曜まで戻りません。あなたやって。それで電報を打ったのよ」
そして、彼女は畳みかけるように続ける。“わたしを助けるのを拒否するというの?”“もし回顧録が出版されたら、あなたと結婚しません”“バーティ、これをテストと考えなさい”“このちょっとした親切をしてくれるの、くれないの?”“だから、やるの、やらないの?”
結局、バーティはこう答えるしかなかった。
“いいよ、やるよ。やるとも! やるとも! やりますとも!”
こうして、バーティはこの“大役”を引き受けることになってしまったのだが、いざ行動に移すとなると、それまでどんな顔でいたらよいか考えてしまう。また、もし失敗して叔父にバレてしまったら? その頃バーティは金銭面で叔父の世話にならなければ食べていけないような立場だったので、その点がとても気がかりだった。
さて、この計画は果たして上手くいくのだろうか?

少し話が逸れるが、この作品はジーヴズがバーティと初めて出会うところから始まる。
「紹介所からやって参りました。従僕をご入用と伺っております」
バーティはジーヴズがこしらえた特製の強壮ドリンクを飲んで、その効き目のすごさから彼をすぐに採用したのだが、仕えて間もない時分からバーティの服装について注文を出すあたりはさすがジーヴズだ。

★所収本
・岩永正勝・小山太一共訳/文藝春秋『ジーヴズの事件簿』(ジーヴズの初仕事)
・岩永正勝・小山太一共訳/文春文庫『ジーヴズの事件簿─才智縦横の巻』(ジーヴズの初仕事)
・梶原信一郎訳/「新青年」昭和4年新春増大号(天は晴れたり)
・乾信一郎訳/東成社『専用心配係』、同訳/東京創元社〈世界大ロマン全集〉6『地下鉄サム』(専用心配係)
・井上一夫訳/集英社『20世紀の文学 世界文学全集 37』(ジーヴズ乗りだす)
・森村たまき訳/国書刊行会『それゆけ、ジーヴス』(ジーヴス登場)

                      (2006.7.5/菅井ジエラ)

 

 

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