志賀直哉を読む




「小僧の神様」


仙吉は神田のある秤屋に奉公している小僧。
ある秋の日、一人の客もいない店内で番頭ふたりが話をしているのが耳に入ってくる。
「おい、幸さん。そろそろお前の好きな鮪の脂身が食べられる頃だネ」
「ええ」
「今夜あたりどうだね。お店を仕舞ってから出かけるかネ」
番頭たちは鮨屋の話をしていた。話に出た店は、仙吉が使いによく行くところだったので彼も知っていた。
仙吉は早く自分も番頭になって、美味しい鮨を食べられるような身分になりたいと思っていた。
それから2、3日経った日のこと。仙吉は電車賃を持たされて使いに出た。彼は片道分だけ切符を買って、帰りは歩いて帰るということをよくしたが、その日もそうして、懐に4銭残した。
「4銭あれば、ひとつ食えるが、一つ下さいとも云われないし」
仙吉は一度あきらめたが、どうしてもあきらめきられず、偶然見つけた鮨屋の方へ歩き出した。

一方、こちらは貴族院議員A。同じ議員仲間のBに屋台のうまい鮨屋を教わっていたAは、その日行ってみることにした。店に着くと、中にはすでに3人の客がいたが、すこし躊躇した後思い切って入ってみた。人と人の間に割り込んで食べる気がしなかったので、しばらくの間彼らの後ろに立っていたのだが、その時、不意に年の頃が13〜14歳の小僧が入ってきてAの前のわずかな隙間に立つと注文した。
「海苔巻はありませんか」
「ああ今日は出来ないよ」
小僧は少し思い切った様子で手を伸ばし、前に3つほど並んだ鮪の鮨を1つ摘む。しかし、「一つ6銭だよ」という店主の言葉に気を落として、その鮪を元の場所へ戻した。
「一度持ったのを置いちゃあ、仕様がねえな」
小僧は店の外へ出ていった。
Bにその日のことを話し、小僧をどうかしてやりたいと思ったが、結局は何もしてやれなかったと悔やむA。
しかしある日、自分の子どものために、風呂場へ備え付けるための体重計を買おうと立ち寄った秤屋で小僧を見つけると、……。

志賀直哉による最良のファンタジー作品とでも言おうか。
この作品により、志賀直哉は“小説の神様”という称号を得た。

登場人物
仙吉
貴族院議員A
貴族院議員B
鮨屋のかみさん
Aの細君 ほか
                      (2007.1.4/菅井ジエラ)

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