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三橋一夫『無敵ぼっちゃん』


先祖代々、幕府講武所の武術指南役を務めた満星家。そんな家系に生まれた勇之介は幼い頃から病弱だった。柔剣道に槍、手裏剣をはじめ、馬術、水泳にいたるまで、どれも免許皆伝の腕前だった祖父のことをいつも話して聞かせる父・頑蔵(頑蔵自身も剣道二段の腕前)は、勇之介に何とか武術の達人になってもらいたい、その一心で自分が神戸支店長を務める会社の柔道部の大将・権田熊太郎四段に息子を預ける。
「こいつを、きみ、鍛え上げてくれんか!」
「はあ、こりゃいいぼっちゃんですな!」
その頃の勇之介の容姿といえば、年は5つで、非常にやせっぽち。首は細く、頭はラッキョウ型。一カ月に一度は喘息になり、一週間ものどをゼイゼイいわせて床についてしまうほどだった。権田にとって、勇之介を鍛え上げるのは相当の骨折りだったが、支店長の頼みとあっては聞く他ない。かくして猛稽古が始まった。

その後、勇之介は、学業の方はだいぶおろそかになっていたものの、柔道の稽古をずっと続けていたせいか、喘息になることもなく、体も少し立派になっていた。
そして話は勇之介が小学5年生になった秋の学芸会の時のこと。『母羊と七匹の子羊』という女生徒の劇があったのだが、劇中、母羊が買物に出かける際、子羊たちに優しく声をかけるシーンで勇之介は思った。“なんと、まあ、やさしいんだろう!”一目で彼は母羊の森ルイ子ちゃんに恋をしてしまったのだった。
しかし、彼女に淡い恋心を抱いたのも束の間、しばらくして父から思いも寄らぬ話を聞く。勇之介を東京の中学に行かせるというのだ。勇之介は東京へなど行きたくはなかった。森ルイ子ちゃんと会えなくなってしまう。権田さんと別れなければならないのもつらい。
それが、またある拍子で突然勉強にやる気を出すようになった。というのも偶然出会ったルイ子ちゃんの父親から、あることを聞いたからだ。
「ルイ子は、来年は東京の学校へ替えるつもりです」
この言葉に大きなパワーをもらった勇之介。東京がどんなに広いか、まったく知らない幸せ者の彼は、柔道の稽古はそっちのけで、受験勉強に精を出した。そして、晴れて東京へ。…。

その後の権田師範の上京。ルイ子ちゃんとの再会。さぶちゃん、稲葉君という無二の親友を得て、時にはやんちゃをしながらも、年を追うごとに立派になっていく勇之介。彼にどんな未来が待っているのか。そしてルイ子ちゃんとの恋の結末は? “無敵ぼっちゃん”勇之介の活躍を描く痛快小説。
最後の最後があまりにも凄すぎて、失笑してしまったが、全体的にスカッとさせてくれる内容で、読んでいて気持ちよい。
(春陽文庫)
                      (2006.8.17/B)

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