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ミステリを読む




マージェリー・アリンガム
『反逆者の財布』


男は病院で意識を回復した。しかし自分が誰なのか、なぜここにいるのかまったく分からない。どうやら完全な記憶喪失に陥っているらしい。
彼は病室の外から男女2人の話し声が聞こえたので、耳をすました。
「絞首刑でしょうね」
「なにしろ、やられたのはわれわれの同僚ですからね、のがれようはありませんな。警官を殺せば、だれしもそのつぐないはしなければならぬでしょう。…」
自分が警官を殺した? いったい何が起こったのだ? 彼にはまったく覚えがない。どうなっているのだ! 
必死に過去の記憶をたぐり寄せようとする彼だったが、ふと脳裏に何故かある数字がよぎる。「15」という数字。それが何を意味するかは分からないが、緊急かつ重大な意味をもつことだけはおぼろげながら分かる。
まずは、ここから逃げ出さなければならない。彼は病院からの脱出を試みた。

どうにか脱出に成功した男は、自分を知る人物と出会う。彼らによると、自分はアルバート・キャムピオン(キャンピオン)という名前のようだ。
彼はどうやら秘密の任務にあたっていたらしい。だが、一向に記憶が戻らない。彼は記憶喪失をひた隠しにしながら、自分に科せられた任務を遂行しようと努めるのだが…。

物語が進むにつれて、徐々に明らかになってくる謎。少しずつ戻ってくる記憶を頼りに、国家レベルの陰謀を阻止するためにキャムピオンが縦横無尽に駆けめぐる。
冒頭の病室のシーン、追っ手から逃げ延びるシーンはドキドキ感があって良かったが、それ以後は劇的なストーリー展開があるというわけでもなく、もうひとつ。サスペンス小説としてもまとまり感に欠けているように思えた。
訳者によるあとがきに、
「本書は…(中略)…主人公の記憶の回復と並行して、国際的陰謀の全貌が漸次、表面に浮かび上がり、…(中略)…。実にジョイスの『ユリシーズ』に比すべき内面独白の心理解剖は、推理小説の域を脱して、純文学に近づいているとも考えられる」
とあるが、これはちょっと持ち上げすぎのような…。ただ、記憶喪失の男を登場人物に配し、推理小説的手法で描いた純文学作品と説明した方が、この作品に適しているような気もした。
(中川龍一訳/創元推理文庫)
                           (2006.6.29/菅井ジエラ)

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