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ミステリを読む




秘名生
「四本の足を持った男」


里見が指先でもてあそんでいた算盤を下に置いた時、宗方老人が事務室に入ってきた。宗方は財界の大恐慌で曾田銀行の基礎が危なくなってきたために、財政整理をするため10日ほど前から臨時で雇われている会計士だった。
里見は入口のドア付近をしばらくにらんでいたが、ふと出納部係の森の姿がないのに気付いたらしく、宗方に声をかけた。
「森君が未だみえませんねえ。まさか部屋で寝こんでいるんじゃないでしょう」
「さあね」…。
10時すぎになり、客が多くなってくると、出納係なしでは業務が回らなくなってきた。
「…宗方さん。あなたは昨夜森君と一緒だったんでしょう。それで、今朝姿を見かけなかったんですか」
「へえ」
里見は銀行で働くお牧という名の老婆を呼び、森を見かけたか聞いてみたが、彼女も彼の居所を知らない。
里見は何度も舌打ちをしながら席を立ち、探しに行った。それから数分後。里見がよろめきながら戻ってきた。
「殺されてる。裏の物置の内だ」
こうして森の失踪は殺人事件となった。

事務所の裏に庭があり、その真ん中に小屋が建っている。小屋は以前は住家として利用されていたが、今ではもっぱらがらくた道具を置く物置になっていた。森はそこで殺されていた。
事件を調べていた刑事は、庭に点々と残る足跡を見つけた。ひとつは宿直室から、もうひとつは宿直室の隣から伸びている。
刑事は案内役を務めていた里見に尋ねる。
「あなたはこれに気が付かなかったですか」
「ああ。ちっとも気が付かなかったですが、それじゃ二組の足跡だったんですね」
「宿直室の隣りは誰の部屋ですか」
「隣室には、この一週間ばかり前から、先刻お会いになった宗方という老人が寝とまりしているんです」
宿直室と宗方の部屋から物置へと伸びる二組の足跡は、そこから一組きりになって事務室の方へとつながっていた。
刑事は説明する。「…この足跡は…宗方という人の部屋からの足跡とそっくり同一のものです」
……。
果たして、誰が森を殺したのか、そしてその殺害方法とは?
作者の秘名生は瀬下耽の変名。ミスディレクションの仕方が分かりやすいものの、本格的なトリックを駆使した内容に仕上がっている。
(「新青年」昭和3年8月号所収)

                           (2006.8.22/菅井ジエラ)

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