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ミステリを読む




パトリック・クェンティン
『女郎ぐも』


ピータ・ダルースは演劇プロデューサー。女優のアイリスと幸せな結婚生活を送っていた。しかし、その愛妻が母親の静養に付き添って二人でジャマイカに旅立ってしまった今、彼はまるで男やもめ状態だった。階上に住むロッティー&ブライアン夫妻は、ピータの生活ぶりを見て、親切心から“別居中”の彼を慰めてやろうとパーティに誘った。ピータはお節介ロッティーをあまり好いてはいなかったが、アイリスのいない淋しさを紛らわすのにパーティに少し顔を出すのもよいだろうと思い、出かけることにした。
ロッティーは大女優で、彼女とピータとはここ数年、仕事でつきあいがあった。それまでは単なる知り合いにすぎなかったが、彼女たちがピータたちの住むアパートに引っ越してきた時から急速に関係が深まっていったのだ。

さて、このパーティはピータのその後の運命を決定的に変えてしまう重要なものとなった。というのは、この時にピータが問題の女性ナニー・オードウェイと出会ったからだ。パーティの席上で、何気なしにこの若い女性のそばを通り過ぎようとしたピータに、彼女は手を差し出して、話しかけてきたのである。
「お話しませんか?」
ピータは長年の苦い経験から、知らない若い女性には注意深く振る舞うことにしていた。というのは彼女たちは舞台への斡旋を目的に近づいてくるのがほとんどだったからだ。
だが彼女と話すうちに、演劇関係に携わる娘ではないと分かった。どうやら作家の卵らしい。二人はパーティの席で急速に仲良くなった。
パーティから早く出ていきたいピータは彼女を誘ってレストランへ。その後、何日か経ったある日、彼女の執筆環境に同情したピータは、彼女に自分の家の合い鍵を渡し、彼が仕事で留守をする時間だけという条件付で仕事場として提供してあげた。帰宅後、机の上に置かれた彼女のメッセージ付の絵を見るのが毎日の楽しみになっていたピータ。男女の関係もなく、ピータはナニーのパトロンのような存在だった。
そうした平和な日々がしばらく続いたが、妻のアイリスがジャマイカから帰ってくる日にそれは起こった。アイリスを出迎えるため、空港へ向かったピータが、夜の7時頃に彼女とともに家に帰ってくると、部屋から音楽が聞こえてくる。ナニーだろうか? 彼女はいつも午後6時30分頃には家を出ているようだったが、今日は遅い。ナニーのことはアイリスにも手紙で少し知らせていたが、日中に部屋を提供しているということまでは書いていない。ピータはナニーが帰っているのを当てにして、今晩遅くなってからナニーとの事情を説明しなくてはと思っていただけに、少しあせった。
「どうして蓄音機がかかっているの。ロッティーがとんでもないご帰宅の演出をやっているんじゃないでしょうね」
「ナニーがいるだけだろう」
「ナニー?」
蓄音機からはサロメが聞こえる。ドアを開けるピータ。ナニーのタイプライターが窓際の机の上にあったが、彼女の姿がない。その代わりに机の上には少女が首に巻かれたロープから下がっている絵があった。何とも意味深な絵だ。おまけにその絵にはこうタイプされていた。
“愛の秘密は死の秘密より大きい?”
ピータが蓄音機を止めて、アイリスのスーツケースを持って寝室に運ぼうとしたその時…。
ナニー・オードウェイは寝室にいた。彼女はスカーフを首に結び、シャンデリアの金属の軸からぶらさがっていた。
恋愛感情はお互い少しもなかったと主張するピータだったが、マスコミをはじめ、周囲のみんながピータとナニーの関係を疑う。ナニーと同居していた友達の証言、毎日ピータの家を掃除にやってくる女中の証言などのすべてが、ピータに対する彼女の恋愛感情の大きさを証明していたからだ。
色魔のレッテルを貼られ、一人の若い女性を死に追い込んだ非道とされたピータ。彼は自分の主張が正しいことを証明するために、ナニーについて調べることにしたのだが…。

これは傑作!とても面白かった。この本が絶版になってしまっているのは、(版権の問題でないのであれば)『俳優パズル』と同様、差別用語を多用しているからだと思う(それ以外に、もしかすると、警察の捜査方法に少し問題のあるところがあるかもしれない)。しかし、それを割り引いても大変よかった。欠点といえば、犯人がすぐ分かるところ(これって致命的?)だが、登場人物の心理状態が非常にうまく書かれているので、それも問題にならない。徐々にわかるナニーの正体。特にピータの心理状態の移り変わりについては、とても細かなところまで表現されていて、まるで実在する人間のようだ。初期のクェンティン作品の主要人物であるピータ・ダルースが事件に巻き込まれ、その後の作品である『わが子は殺人者』や『二人の妻をもつ男』に登場するトラント警部が捜査を担当するという、いわば2大スター競演の本作は、クェンティンファンのみならず、ぜひ一度は読んでほしい作品だ。
(高城ちゑ訳/創元推理文庫)
                           (2006.6/18/菅井ジエラ)

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