P・G・ウッドハウスを読む



「想いぞ燃ゆる(The Fiery Wooing of Mordred)」(1934)


いつもの酒場でタバコの不始末に怒る客を見て、マリナー氏が思いついたのは甥で詩人のモードレッド・マリナーの話だった。何故なら、モードレッドはタバコの不始末で何度もボヤ騒ぎを起こしていたからだ。
モードレッドの話は歯科医院の待合室から始まる。
彼が三か月遅れの古い雑誌を眺めながら順番を待っていると、そこに一人の若い女性が現れる。マリナー氏一族は多くが一目ボレに落ちる資質を備えているが、モードレッドも例にもれず。一瞬でこの女性に恋してしまった。しかし彼女は稀にみる美女だったので、それも無理はない。
「1年に2度しかロンドンに来られず、それも毎回2時間ほどしか滞在できないのに、ここで長時間待たされるとせっかくのロンドン見物もほとんど楽しめない」と嘆く彼女に、モードレッドは騎士道精神で順番を代わってやる。その後、お互いの名前を名乗り別れた後の彼の虚無感を何と表現すればよいか…。
しかし次の日、思ってもみなかったことが起こる。何と彼のもとに彼女の母親らしき人から手紙が来たのだ。想像するに、彼女は歯科医院を出がけに、医院の人にモードレッドの住所を聞いたに違いない。彼は彼女の聡明さにふるえがくるほどだった。
その手紙には、娘への親切に対するお礼に加え、良ければ邸に遊びに来て2、3日でも過ごしてもらえないかといった話が書かれていた。
嬉しくなったモードレッドは、早速夫人に明日伺う旨の電報を打ち、荷造りを整えた。
翌日、彼は電車に乗り、スマタリング=ブリムステッドという名の駅で下りると、恋する彼女が車で迎えに来てくれているのを知る。彼は助手席に座ってしばらくの間幸福感に浸っていたが、彼女から予想もしていなかったことを聞かされる。招待されているのはモードレッドだけでなかったのだ。それも猛獣ハンター、テニスの国内代表選手、先日の大レースで3位に入った有名競馬騎手など、聞いているとクラーク・ゲーブルばりの美男子を想像してしまうほどの面々。しかも全員が独身だというではないか。
まばゆいばかりに光り輝いていた恋の希望が、一瞬にして暗澹たる絶望感に変わっていく。到着した日の夜も主人に旅の疲れを訴え、部屋に戻ると彼女への思いを詩に託すモードレッド。しかし、まったくといって良いほどインスピレーションが湧かない。そこで、窓から入る月明かりに誘われながら外に出た。
その時、自分の部屋のカーテンが燃えているのに気付いた。
「火事だァ!」…。
果たして、彼の恋の炎は彼女に燃え移るのだろうか?彼の恋の行方は?
風紀上、あまり宜しくない展開だが、ウッドハウスのブラックさが出ている。あえて言えば、他の恋敵との絡みがもう少しあれば、もっと良かったのだが…。

★所収本
・黒豹介訳/解放社『恋の禁煙─マリナー氏は語る─』、同訳/東成社『恋の禁煙』(想ひぞ燃ゆる)

                      (2005.8.26/菅井ジエラ)

 

 

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